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タバコを吸える事に感謝し、吸えない事に感謝する

私もあと2ヶ月ちょっとで禁煙から1年が経過します。

1年経過で特別に何かするつもりはありませんが、
禁煙外来に通った経緯がありますので、お世話になった先生に、
何かご報告したほうがいいかもしれない、と思いました。
物を贈るつもりはないですが、感謝の気持ちは伝えたいと思っています。


最近はたばこの依存性についてよく知られ、昔ほどは言われなくなりましたが、
やはり日本人の心の奥のには、

「たばこを吸うのも吸わないのも、最後は自己責任」

と確かに思っているフシがあります。

日本の禁煙指導が遅々としているのも、このあたりの根深い思考的習慣が
残っているのも、ある一因になっているような気がします。


だから、
「たばこを吸うときも、やめるときも、感謝が足りない」
と、私自身、すごく反省しました。

日本人はご飯をいただくときはちゃんと「いただきます」といいますでしょう。
生きるため、生かされるため、すべてのことがらに感謝する、謙虚な心と教育が、
日本には確かにあったはずです。


たばこを「いただきます」となぜ言わないのか

一時の快楽のために国民の生産力をただの灰と化し、
人が見ていなければそこいらに捨て、
金(税金を含む)を払っているのだから吸うのは当然だと、

そこにはいただきますの概念すらまったく見ることができません。

たばこを作る人がいて、喫煙所を占有し、禁煙に導いてくれる人や社会もあれば、
大切な人を苦しめ続けている人もいる。
たばこを吸うこと、吸えること、やめること、やめられることのすべては、
あなた一人だけでできることでは決してないはずなのです。
それが、「いただきます」の精神なのではないでしょうか。


そのことと、先に述べた自己責任と、どういう関連があるのかといえば、
「たばこは自己責任だけでは吸えないし、やめることができない」
ということを、少しだけでも意識すべきなのだと思うのです。

タバコが吸えるのは、あなたのおかげ、
タバコをやめられたのは、あなたのおかげ、

と素直に言えるようになるのではないか、と思ったのです。
日々感謝し、感謝されるよう精進したいと思います。
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  1. 2009/04/10(金) 18:10:18|
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